”男はタフでなければ生きてゆけない、やさしくなれなければ生きていく資格がない”
1980年代に流行った角川映画、野生の証明のキャッチコピーである。この原文はアメリカの
ハードボイルド小説の巨匠、レイモンド・チャンドラーの作品”プレイバック”の一説である。
チャンドラーの小説は他のハードボイルドものとは明らかに一線を画していた。
彼の代表作”さらば、愛しき女よ”、”長いお別れ”、”プレイバック”の主人公、探偵マーロウは、
単なるタフガイではなく、生きていくうえでの自分のルールを定め、命をかけてでも
それを守り抜いて生きていく。その姿は中世の騎士道や日本の武士道に通じる崇高な生き様となって
読むものに鮮烈な印象を与えた。
当時、ハードボイルド小説にはまっていた私は国内外のハードボイルド作家の小説を読み漁っていたが、
何十冊と読んだ本のなかで何度も読み返したのは、このレイモンド・チャンドラーと北方謙三先生の作品だけだった。
北方謙三先生の小説に登場する人物もチャンドラーの描いたマーロウのように自らが生きていくうえで、
決して譲れないルールを守りぬこうと戦う。少し妥協すればもっとうまく立ち回れるのに、頑なに自分の
生き様を貫く。現代の修験道の僧侶のような不器用だが誇り高い生き方に憧れたことを覚えている。
今回、憧れの北方謙三先生が書かれた三国志のコミカライズのお話を頂いたときは、喜びよりも
不安が先立ってすぐにお受けすることができなかった。前作の”賊軍 土方歳三”の執筆中であったことも
理由の一つであったが、何より北方先生が描かれた”北方三国志”の世界観や魅力を損なうことなく、
コミカライズすることが自分には荷が重いというのが本心であったと思う。
しかしクライアントである角川春樹事務所様は、私の仕事がひと段落するまで待ってくださったうえに、
北方先生との会談の場まで設けて頂いた。初めてお会いした北方先生は私に、自分の思うままに、好きに
書いてくれればいいからと言葉をかけてくださった。
ここまでして私に北方三国志のコミカライズを委ねてくださった北方先生、角川事務所の方々には
深く感謝しております。
北方三国志では曹操、劉備、孫権、陸遜などの英雄、豪傑たちが自分の信ずる信念や義のために
生きる姿が鮮明に描かれている。その姿はかって愛読したハードボイルド小説のヒーローたちそのものだ。
そして彼らの生き様は自分が今まで劇画で描いてきたキャラクターたちとも重なり合っている気がする。
この北方三国志のコミカライズという仕事は私にとって特別な意味を持った自らの仕事の集大成となると
思っている。いかにして原作の魅力を余すことなく劇画で表現するか、出来る限りの力を注いでいきたい
とおもう。
チャレンジは始まったばかりだが、今後、北方三国志の世界を劇画に拡げていくための現場での工夫や
作画資料をこのホームページ上で順次公開していく予定なので、温かい目で見守っていただけたらと思います。
赤名 修